主体的に生きるということ

今日、スクールの生徒たちと話していたこと。

自分がやることは、「誰かにやらされること」と「自分がやろうと思ったこと」の2つしかない。


「誰かにやらされること」は、
何をどれだけどのようにやるかは、「誰か」が決めてくれる。

「自分がやろうと思ったこと」は、
何をどれだけどのようにやるかは、「自分」が決めるしかない。


うちのスクールの生徒たちは、常に自由だから、やらされることがほとんどない人達です。
ということは、
他の人たちならいろいろ決めてもらってるだろうことまで、自分が決めるしかないのです。

逆に言ったら、
コントロールをすべて自分がする状態。

やることを一つ一つ、
何をいつどこでだれとどれくらいどのようにやるかを自分がコントロールせねばなりません。

コントロール、
「せねばらならない」とも言えるし、
「できる」とも言えます。

「主体的に生きる」とは、
自分のことを人にゆだねてコントロールしてもらう(依存)のではなくて、
自分のことを自分でコントロールするということです。

主体的に生きるスタート地点に立つということは、
どう生きていこうか?
自分の命をどう使おうか?
人生の操縦席に座ってエンジンを回すということです。

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