ちょうど実践会で「豊かさマインド」というキーワードが出てきた翌日の今日、
地域で「芋ほり」が開催された。
私の父は地域で奉仕団体を作って活動している。
地域の高齢者が生き生きと過ごせるようなイベントをしたり、
一人暮らしのお年寄りが困ったら助け合ったりするグループだ。
実家の畑の一部をそのグループに貸し出し、
有志の人でサツマイモを育てて収穫する企画も、父が提案したものだった。
掘ったサツマイモの一部は一人暮らしのお年寄りにプレゼントするらしい。
せっかくの楽しそうなイベントなのでという理由で、
子ども会もこの企画に乗っかって、幅広い年齢層でめずらしく畑がにぎやかになった。
またお祭り好きな父がなにやら計画して人を集めて…。と、あまり期待していなかったのだけど…、
大きくその期待は裏切られる結果となった。
一人どれくらいの感じで分け合うんだろう?
本数で分けるのか、株数で分けるのか?大きさもいろいろなのに、揉めずにできるのか?
そう思っていた自分がだいぶ残念に思える結果となった。
次々と掘られたサツマイモは、
だれのものでもない、みんなのもの。
畑の真ん中に、
次々と集められていく、掘られたサツマイモたち。
となりで掘っている親子がいた。
男の子が「ぼくの(掘って自分の持ち帰るサツマイモ)はどれ?」
その子のお父さんが、
「ぼくのとかじゃなくて、どれも一度みんなのものになるんだって。それから分けるみたい。」
そう。
作業の段階では、
誰かの所有ではないということ。
「ちょっとでも、自分がたくさん掘るぞ!」というものではない。
畑は穏やかな空気がひろがっている。
気づけば、
おおきな山脈のようなサツマイモの集合体ができていた。
いったい何本掘れたの??という具合。
そのうち、
掘り出した後の畑が、きれいに平らにならされ、
その上に、たくさんのビニール袋が整然と置かれていった。
そして、
大きなサツマイモ山脈の芋たちを、
それぞれのビニール袋の上にできるだけ均等に配布していくことになった。
最初は、3本ずつくらい??
いや、5本か?
まだまだ…。配っても配ってもぜんぜん山脈は小さくなっていかない。
もういい!芋の数ではらちが明かない。
見た感じでなんとなく均等に!(笑)
娘「これ、配り切れないよ~。」というセリフ。
どこかの女の子「サンタクロースみたい!」というセリフ。
ああ!
この感覚こそ「豊かさマインドじゃないか」!!!!!
どこからどう見ても、
有り余るほどたくさんあって、
それぞれの芋の山のどれを持ち帰っても、
「食べきれる?」って不安さえ感じるほど(笑)
だから、
スーパーの安売りでありそうな「殺気」とか「欲」というものが微塵のかけらもない。ゼロ。
子どもからジジババまで、年齢層が幅広く、
おばさんもおばあさんもわんさかいて、60人くらいいたかな?もっと?
(われこそは!の代表的な人たちだと勝手に思ってました。ゴメンナサイ(;^_^A)
みんながみんなのために作業して、
「自分が」って空気が1ミリも無いの。
ああ、
「有り余る」ってこういうことなんだな~。
サンタクロースが、世界中の子どもたちにおもちゃを配るような、
配っても配っても配り切れないな~って思うような、
そんな感覚が「豊かさマインド」だ!
ってただただその空気を味わっていました。
そんな感覚だったら、
みんな穏やかだよね。
世界平和が実現するよね。
この感覚、忘れないでおこう。^^